古代近東では、男性に期待される理想的な振る舞いに社会的基準が設けられていた。21世紀においても、その期待はいまだに違った形で存在している。古代メソポタミアの規範的男らしさは主に男女関係に関連していた。例えば、肉体関係において、男性は積極的役割を果たす主導者であり、女性は従順な受け手であった。もう一つの重要な特徴は後裔によるものである。男性は、家系の祖として、生殖能力、技術力、そして強さを備えていることを期待されていた。そのため、自然と規範的男らしさは男性に宗教的、政治的集団の中で重要な、社会的かつ経済的役割を与えることになった。その上、規範的男らしさのそれぞれの特徴は、女性的とみなされることが多かった家庭環境よりも、むしろ公共の場で見られていた。
『男性性と第三の性』の著者イラン・ペレドの近年の主張によると、規範的男らしさを持つ男性は、規範的でない男性を第三の性を持つ人々として括ることによって男性と女性の違いを鮮明なものに保とうとしてきた。これは規範的男らしさを持つ人々に「規範的行動パターンと行為規範の明確な社会的水準」を設定することを可能にさせた(ペレド, 294)。
ガラとカルー
カルーの登場以前、シュメールのガラは「哀歌の詠唱者」として働いており、特定の神と関連したものではなかった。嘆きは一般的に女性によって行われるため、単に専門の泣き屋に従事していることが、ガラを女らしい男性に分類した。古バビロニア時代にガラの役割は拡大し、カルーの類義語となり、イシュタル信仰に組み込まれていった。カルとは、シュメールにおけるガラと同様に歌い手であると考えられ、音楽と歌が関係する多くの儀礼を担当していた。儀礼的慣行との関係以上に、イシュタルとの関係がカルーの性的曖昧さを増大させた。イシュタルに捧げられた讃歌『最も寛大な心の貴婦人(Lady of Largest Heart)』では、彼女の本質的な特徴について読むことができる:「男を女に変え、女を男に変える、それがあなたの特徴だ」(ショーベリ, 190)。ここに見受けられる能力は重要である。なぜなら、男性と女性、そしてイシュタルのように曖昧な第三の性の間の強固な社会的差異を維持するために、カルーがどのようにイシュタル信仰の儀礼と宗教的慣行の中で制度化されていったのかを示しているからである。
アッシヌとクルガルー
カルーと同じように、アッシヌも性的曖昧さを持つ神、イシュタル信仰の中で制度化されていった結果、性的に曖昧であると理解されたと考えられる。アッシヌに言及した文章では一貫して、多くの場合、受動的な男性であると表されおり、ある部分では「祭儀の女性参列者に混じって記録されていた」(ペレド 2016: 283)。上記されているように、男性は性行為において能動的であるべきだった一方、女性は受動的役割を負っていた。アッシヌの受動的性格を理由に、彼らは第三の性に分類されていた。
クルガルーは、武器、特に短剣や剣と共に表されているにも関わらず、しばしばアッシヌ、ガラ、カルーと関連づけられた。一部の学者たちはこれを自己機能不全もしくは去勢の外見的証拠であると考えているが、ペレドが喚起しているように、事実上、自己機能不全への言及がされたことはない。したがって、ペレドによれば、クルガルーは好戦的で男性的な、イシュタルに捧げられる宗教的儀式の一つであった。イシュタル信仰への関与と他の第三の性を持つ者たちとの関係によって、クルガルーは第三の性を持つと見なすことができる。
ルーサグとシャーレーシ
ルーサグとシャーレーシは、どちらも宮殿内部の女性の居住空間を主に受け持っていた侍中を意味する同義語である。彼らは去勢された宦官であったため、そういった行動が許可されていた。しかし、これが去勢されていたという証拠が明らかになっているのは、中アッシリア時代と新アッシリア時代のみである。それ以前の時代から彼らは同様に機能していたが、去勢されていたという証拠が欠如しているのである。ルーサグ/シャーレーシの一部は軍の指揮官としても活躍していた。しかし、宦官と同様に、彼らはある程度の男性的特徴も維持していた。去勢が部分的であれば、生殖能力すら保たれていた可能性があった。それでも、去勢の結果、彼らは男らしさという点において規範的であるとはみなされなかったため、宮殿の官僚機構において、軍の指揮官や女性の居住空間を受け持つ侍中としてのルーサグとシャーレーシの制度化が起こった。
第三の性を持つその他の人々
残念ながら、第三の性を持つ人々の完全な姿を提示する文献証拠は十分ではない。しかし、他のいくつかの人々は言及に値するだろう。ギルセクーは宮廷の行政内の子供を持たない人物のことで、ティルまたはティールは子供を持たない去勢された人物と見られる宮殿における官僚機構の構成員であった。サグウルサグは「アッシヌと同様の女性的な宗教者であり……古バビロニア時代以降はサグウルサグの役職は存在しなくなった」(ペレド 2016, 267)。そして、ピルピルーはイシュタル信仰の一員で女性的特徴を備えていた。
古代近東では終始、男性は、規範的男らしさを備えた男性が社会秩序に不適当に固執していたため疎外されていた。ペレドが言うように、
第三の性を持つ人々は、彼らの特異性を理由に社会の多数派によって除外されていたのではない。反対に、彼らは、所属する社会で覇権を握る(または規範的な)男らしい男性たちによって時代ごとに、自分たちの社会になくてはならない社会的例外として発明と再発明を繰り返されていた(ペレド, 294)。

